二人の特訓

Last-modified: 2020-11-08 (日) 03:52:54
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「やっぱり、やめとこうかなぁ」

ある夏の日、友人の家のドアを前に、私は一人悩んでいた。

「相談したってどうにかなるものじゃないし、鈴音だって迷惑だろうし、でも、ずっとこのままって訳にもいかないよね」

 グルグルと頭の中で思考が渦巻き、インターホンの前で指が踊る。さて押すべきか否か。鈴音が家にいないってことはないだろう。夏休み暇だーってしつこいくらい言っていたし、いつでも遊びに来いって同じくらいしつこく誘われたから。

「ダメで元々だよね」

 やがて投げやりに呟いて、えいっと指を押し込む。
 ピンポーン♪ 
 軽やかな響きと共に。

「はーい」

 という元気な返事が聞こえる。それに続くドタドタという足音。

「美香じゃーん。久しぶりだね。どしたの?」

ドアが開き、顔を出した可愛らしい少女は、私の親友の鈴音だ。

「あのさ、すずね。ちょっと話が」
「とにかく上がってよ。ささ、どうぞ」

 言葉を遮って鈴音が手を引く。私は導かれるままに靴を脱ぎ、鈴音の部屋にお邪魔する。

「ちょっと待ってて。ジュースでも持ってくる。お母さんは買い物だし、妹は図書館行ったし、ま、ゆっくりしてってよ」
「うん。ありがと」

 そう返事をしながら、私はどう話を切り出せばいいか考えていた。

「お待たせ、どうぞ」

 二つのオレンジジュースの入ったコップを持ってきた鈴音は、一つを私の前に置き、もう一つをさっそく半分ほど自分で飲んだ。

「で、何?」

 その場であぐらをかくと鈴音は尋ねる。

「何って何?」
「さっきなにか言いかけていたでしょ」
「あ、うん。そうなの。実はちょっと悩み」
「いじめられたの!? 誰に? よーし私に全部話してよ。ばっちり仕返ししてあげるから。さぁ、犯人は誰!」

 肩を揺さぶられながら、私は思う。これは切り出し方が悪かったな。コイツ極端な心配性だし。

「違うって、そんなのじゃない」
「じゃあなに」
「ホント大したことじゃないけどさ、・・・・・・ぇないの」
「?」
「だから、うまく笑えなくて悩んでるの」

 きょとんとした顔で私を見つめる鈴音。

「愛想笑いってやつ? あれができないの」
「あーなるほど。そういうことね」
「クラスメイトとかと話す時にさ、鈴音みたいにニコニコ笑えたらなって思うけど、どうしても無理で」
「うん。美香ちゃんの笑顔怖いもんね。眼が笑ってないよあれ。むしろ脅しているような感じ。でも無表情な美香ちゃんカッコイイよ? ちょっ
と性格がきつい黒髪美少女って感じ」
「けど高一の夏休みになって鈴音以外の友達いないのはさすがにまずいでしょ。どうするのよ!」
「知らないよ!? 私に怒鳴らないでよ」
「あー・・・・・・ごめん」
「いえいえ。でも確かに来年も同じクラスになれるとは限らないしね」
「そうなんだよ。そんな時愛想笑いの一つでもできたらクラスになじみやすくなると思うのに、ちっとも笑えなくて、ちょっと不安になっちゃって」

 沈黙が二人を包む。鈴音はなにやら真剣な表情を浮かべている。アイデアを考えてくれているのだろう。私はそんな彼女を見つめておとなしく待つことにする。

「んー、でもさ」

 やがて鈴音の唇が動く。

「ただ笑うってだけなら、簡単にできるよ」
「どうやって」
「じゃあちょっと両手をばんざいしてみて」

 そう言いながら私の後ろに回りこむ鈴音。言われるがままに私が両手を上げると・・・・・・。

「そーれ、こちょこちょ~♪」
「ひゃん!」

 腋にくすぐったい刺激を感じ、電気でも流されたみたいに身体が仰け反った。振り返ると鈴音が悪戯っぽい笑みを浮かべて腋に指を這わせている。

「ちょ・・・くひっ・・・なにするの!」

 予想外の刺激に悶えながらも、反射的に両腕を下ろし、鈴音の手を挟む。するとようやく刺激が止まった。

「ほらほら、今! 今すっごくカワイイ笑顔だったよ」

 無邪気な声で鈴音が報告する。

「ホント? こんな感じかな」

 さっきの表情をできるだけ再現する。どうだ!

「うーん。眼が笑ってない。怖い」
「そんなぁ」
「だからさ、こうだって」

 突然、両腋に挟まれていた指がうごめき始める。

「あっ! きゃはははははは!」

 それはくすぐると言うよりムニュムニュと揉むような動きだったけれど、指先から送り込まれる刺激は私を悶絶させるのに充分だった。

「その表情、その笑顔だよ」
「分かったからやめてぇ!」

 震える声で必死に懇願し、両腕に力を込めるけれど鈴音の指は止まらない。まるで独立した生き物みたいに私をこちょこちょと責め立てていく。今日の私の服装はノースリーブのワンピース。むき出しの腋を思う存分くすぐられてしまう最悪の衣装だ。

「やめっ、すずね、やめへっ!」

 ろれつが回らなくなっているのに気付き、鈴音はパッと手を引っ込める。

「はぁ・・・はぁ・・・なにするのよ」

 息を弾ませながら、鈴音をきっと睨む。

「あー、また怖い顔に戻っちゃった」
「すっごいくすぐったかったんだから」
「でもでもでもホントにさっきの笑顔は良かったよ。あれなら友達百人できるって」
「そ、そう?」
「うん。だから」

 特訓しようね、って鈴音がささやく。手を引いて立たされ、仰向けにベッドに押し倒され、あっという間に両手をタオルで縛り上げられ、ベッドの頭上のパイプにそれを結び付けられる。

「え? あの? なんでスムーズに拘束してるの!?」

 叫んだ時にはもう遅かった。縛られた手首はどれだけ力を込めても動かず、膝の上に陣取った鈴音はすっかり私の自由を奪ってしまっていた。

「だから上手に笑える訓練だって」

 唇の端を三日月みたいに吊り上げる、悪い笑み。鈴音は見せびらかすみたいに指を目の前でコチョコチョと動かした。

「ひっ・・・だ、だめ!」
「まずはどこからくすぐろうかなぁ、さっきの反応からするとかなり腋が弱いみたいだけど」

 楽しそうな歌うような鈴音の声。ゆっくりと腋に指が迫る。

「いやっ」
「けど最初から爆笑させるのもね。とりあえずここからいこっか。そ~れ♪」

 その言葉と同時に、白く細い指先は進路を変え、私の首へと降りた。

「んっ・・・ひゃぁ・・・きゃんっ」

 あごの下で、首筋で、その他の場所で、指がこちょこちょと踊る。吹き出すほどではないが、ムズムズとしたこそばゆさがたちまち首を埋め尽くす。激しく頭を左右に振って刺激から逃れようとしても、意地悪な指先は決して離れてくれなかった。

「きゃん、だって。カワイイ笑い声だねー」

 首をくすぐりいじめて、ニヤニヤ笑いながら鈴音が言う。私は少しムッとなって口を硬く結び、泡沫みたいに浮き上がる声を押し殺した。

「我慢しちゃだめだよ。じゃあこっちはどうかな?」

 指先が離れ、鈴音はクルリと私に背を向ける。ようやくくすぐったさから解放されたとホッとしていると。

「こちょこちょこちょ♪」

突然鈴音が足の裏をくすぐり始めた。敏感な足の裏を十本の指に徹底的に蹂躙される感覚はとても我慢できるようなものではなく、ほんの数秒で私は笑ってしまった。

「んんんっ、くっ、あはははっ、それ無理いいい!」
「うんうん。素直に笑うのが一番。まだ行くよ!」

 くすぐられている様子は私には見えないのだけど、だからこそ予測不能な刺激に私はとことん悶えさせられた。膝をお尻で固定されているせいで脚を動かしたくても動けない!

「ひゃひひひ、んっ、やめてえええっ」
「脚の指がピクピク動いてる。なんかカワイイ♪ そーだ、こんなのどう?」

左手をいじめるくすぐったさが消える。そして次の瞬間、右足が未知の感触に包まれる。

「!?」

それまでは左右に五本ずつだった指が、右足に殺到する。足の裏だけでなく、指の間や、足の甲、くるぶしまで、余すところなくこちょこちょされる。もちろん私が刺激に慣れないようにくすぐり方を変えることも忘れない。時には軽く爪でひっかくように、時には指の腹でなでるようにと、異なる刺激が絶え間無く送り込まれる。

「くしゅぐったいいいいい! やめへえええ!」
「次は左足ね」

 潮が引くように不意に右足からくすぐったさが消え、すぐさま左足へと押し寄せる。刺激を忘れていた場所を一気に責められると、まるで足そのものがくすぐったさの塊になってしまったかのようで、私はただ悲鳴のような笑い声を上げることしかできなかった。

「また右足~」
「んっ! あひゃひゃひゃひゃ!」
「左足~」
「ゆるひてええええ! んあっ!」
「そして右♪」
「きゃははははははははは!」
「・・・・・・はい、おしまい」

 数分後、左右の足を交互にたっぷりとくすぐられた後、ようやく鈴音は足裏へのくすぐりをやめてくれた。

「美香ちゃんって敏感だねー」

 そんなことを言いながら、こぼしてしまった涙を指先で拾ってくれる。

「はぁ、はぁ・・・ひどいよ。やり過ぎだよ」
「ごめんごめん、反応が面白・・・じゃなくて特訓だから」
「絶対楽しんでるでしょ」
「そんなことないって」

 そう言って笑う鈴音は、ぐっしょりと汗で濡れた影色の服を着て、息を切らせながらほんのりほおを上気させていた。きっと私はその五倍はひどい状態だろう。

「もう二度とこんなことしないでよね」
「え? まだまだこれからだよ。次はわき腹にしよっか」
「はぁ!? 特訓ならもう充分でしょ。ふざけ」
「もー、よだれも垂れてるよ」

 そう言って鈴音は私の口元をぬぐう。いつの間によだれなんて・・・・・・。恥ずかしさに赤くなり、プイと顔をそむけた私はそれ以上何も言えなくなった。

「ふふふ・・・・・・えいっ♪」
「ひゃ!」

 その隙を突いて、鈴音はワンピースの裾をつかむと、勢い良くめくり上げた。視界が塞がれたその次の瞬間には、ワンピースは私の身体から剥ぎ取られていた。両手をベッドにくくり付けられているため完全には脱げず手首のあたりで引っかかり、さっきまで多少なりともくすぐりから私を守ってくれていた衣服は、より強固に私を拘束するのに一役買うこととなった。

「なに考えてるのよ! いくら女の子同士でもこんなの」
「いいじゃん。くすぐるのに邪魔だし。だいたいワンピースみたいな簡単に脱げる服を着るなんて、脱がして下さいって言ってるようなものでしょ」
「全世界のワンピース愛好者に謝れ」
「それにしても上も下も白だなんて、意外とお子様だね」
「殺す」
「まあまあ、それじゃわき腹こちょこちょ行くよ~」

鈴音は楽しそうに宣言すると、下着姿の私のわき腹にピトっと手をそえて、もぞもぞと動かし始めた。
たちまちくすぐったさが微弱な電流のように体内をかけめぐる。

「くふっ・・・・・・ひゃっ」
「あれあれ~? 私すっごい手加減してるのに、もしかしてもう我慢できないのかな?」

 意地悪に尋ねられるけれど、私は何も答えることができない。ギリギリ耐えられるくすぐったさに支配されているため、返事をするために口を開けばたちまち笑い出してしまうからだ。
そのことは鈴音が一番知っているはずなのに。

「へー、無視するんだ。そんな悪い娘にはおしおきだよっ」

 そう言うと同時に右手の動きが激しくなる。

「んっ!」

 弾けるように身体がくねり、指から逃れようとする。と、それを見透かしたように今度は左手がシャカシャカとわき腹をかき回す。
思わず右に逃げると次は右手がモミモミと・・・・・・。

「んっ! んっ! んっ! あはははは、んっ!」
「くねくねと腰振っちゃって、なんだか美香ちゃんエッチ~」
「バカなこと言わないで・・・あひゃん! くしゅぐった・・・あ、あひゃひゃひゃひゃ!」

 反論しようと口をほどいてしまうと、もう私は笑いをこらえることができなかった。鈴音の思うがままに身体をくすぐられ、一方的に笑わされてしまう。

「質問なんだけど」

 鈴音が言う。私が返事もせず悶え狂っていると、鈴音は言葉が話せるように少しだけ手の動きを緩めた。

「あはっ、な、なに?」
「わき腹をコチョコチョされるのとモミモミされるの、どっちが好き?」
「くふっ・・・そんなの決まってるでしょ。どっちもい」

『イヤ』を私が言い終わるよりも早く、鈴音は突然くすぐりを激しくした。
右手はわき腹の肉や肋骨をを揉みしだき、左手は指先をわき腹で激しく躍らせる・

「どっちもだなんて、欲張りさん♪ こちょこちょ~、モミモミ~」
「ちがっ、どっちもいひゃ、いひゃなのおお!」
「いひゃ? 『いひゃ』ってなあに?」

 くすくすと笑いながら鈴音が言う。『イヤ』が言えない。ほとんど悲鳴みたいな笑い声が搾り出され、まともに話せない!

「おこっ、おひょるからねっ!・ 許ひてあへっ、あへないかりゃっはっはっはっは!」
「んー、何言ってるかよく分からないや。でもちっちゃい子みたいでカワイイしゃべり方だねっ」
「おひょえてなひゃいよおおおお!」

 三十分くらいだろうか。
 もしかしたらほんの三分かもしれないけど。
とにかく無限のような地獄の後、鈴音はようやくくすぐるのをやめた。

「もう怒ったからね」

 くすぐりで肌を溶かされたみたいに、私は汗でビショビショになっていた。体が熱い。肺が悲鳴を上げている。しかしなんとか言葉を紡いで、涙で濡れた瞳で鈴音をにらみつけてやる。

「怒ったの? じゃあ、どうするのかな」

 楽しくて仕方ないというように鈴音が尋ねる。

「えっと、ひどいことする! 絶対やってやるからね」
「キャーこわーい。これはもっとくすぐって笑顔の優しい美香ちゃんにしてあげないとね」
「無理! もう限界なの・・・許してお願い」
「そんなキュートにお願いされたら、もっといじめたくなっちゃうなぁ」 

 意地悪に私にささやくと、鈴音はそっと私のお腹に触れた。

「なにするのよっ!」

 軽くなぞられただけでビクッと反応してしまう自分がうらめしい。私が叫んで抵抗してもまったく無視で、ニヤニヤしたままつぶやいた。

「意外とモチモチしたお腹だよね。美香ちゃん着やせするタイプなんだね」
「ぶっ殺す」
「いやいや。別にオデブじゃないから安心して。ふつーとぽっちゃりの中間くらいの、白くておもちみたいで、おいしそうなお腹だなーって思っただけだよ」
「言っておくけど体重はアンタとほぼ同じだからね!? そりゃ身長ではちょっと負けてるかもしれな・・・ひゃん!」

鈴音の指先がツーっとお腹を滑る。ただそれだけで笑い声が漏れてしまう。想像以上の感度に気をよくした鈴音は、さらにコチョコチョとお腹を責める。

「ひっ、くひっ、くひゃひゃひゃひゃ!」
「ほんっと、どこくすぐっても敏感だね。楽しいっ」
「ひゃん! むりっ、おなかむりっ! すずねぇっ!」

 足も首もわき腹もくすぐったかったけれど、お腹は格別だった。まるでむき出しの神経をくすぐられてるみたいで、もう頭の中は『くすぐったい』ってことしか考えられない。身体が勝手にビクンビクンと跳ねて、まるでくすぐってくれる指にお腹が自分からとびついてるみたいだ。
その度によりいっそう激しい刺激が与えられ、さらにお腹が跳ねる・・・・・・終わりのない悪循環だ。

「そりゃ、そりゃ、こちょこちょ~」

 なんでだろうか。鈴音が『こちょこちょ』と言う度に、くすぐったさが増幅するような気がする。
鈴音のこちょこちょが鼓膜に触れるだけで、苦しいのにどこか妖しく、甘く切ないような、そんな刺激を感じるような気がした。

「言わらいへーっ、あははははは」
「ん?」

 鈴音が聞き返す。もちろんくすぐりの手は止めないまま。

「こひょこひょって、いふのを、ひゃめてっ」

 何度も一生懸命に繰り返すと、ようやく理解したようだ。

「もしかして『こちょこちょ』って言われるのが嫌なの?」
「ひょう! ひょうらの!」

 首を縦にガクガク振る。鈴音は悪い笑顔で唇を耳に寄せると、ささやいた。

「こちょこちょこちょこちょ~」

 くすぐったいっ。息を吹きかけられているだけなのに、耳までくすぐったい! お腹のくすぐったさも我慢できない! 鈴音の『こちょこちょ』のせいだ。

「ひどひ~っ、きゃん! あははははは」
「お腹を十本の指でこちょこちょされるの、くすぐったいよね。逃げたくても逃げられなくて、こちょこちょ~って。指でおもちこねるみたいにこちょこちょされるのも、ギリギリ触れるかどうかの場所を指のさきっぽでこちょこちょされるのも、全部ぜーんぶ我慢できないくらいくすぐったいんだよね♪」
「いわないでよ~! あひゃひゃひゃっ」
「かわいいお腹だなぁ。食べちゃいたい。でも一番おいしそうなのは・・・・・・」

 指の動きが止まり、唇が耳から離れる。終わったのかと思ったその時、不意に鈴音が私のお腹に顔をうずめた。
息がかかるくすぐったさに私は思わず身体をくねらせる。けど、それだけじゃまかった。

「お・へ・そ・かな」
「! ちょ、止めなひゃいよ。くっ、くひゃひゃひゃっ」

おへそのなかに感じる、熱く湿った感触。それは自在に這い回り、ほじくるように動く。鈴音がおへそにキスして、舌でほじほじしている!

「ひゃめろっ! あっはっはっは、くしゅぐったいいいい」
「♪」

 指でくすぐられるのとはまったく別の感覚に戸惑いながらも、強制的に悶絶させられてしまう。笑い声が止まらない。
よだれも、涙も、全部身体に穴ができたみたいにあふれ出る。

「したはむりっ、おかひくなる! ほじほじらめっ!」
「♪」

 悲鳴を完全に無視して、ご機嫌で舌によるおへそコチョコチョを続ける鈴音。思わず私は叫んでしまった。
「この、へんひゃい!」

 ピタリ、と舌の動きが止まる。

「はあっ、はあっ、なめるなんて変態だよ。鈴音は変態!」

 よせばいいものを私はさらに追撃を加える。
 私が間違っているとは思えない。だっておへそペロペロだよ!? 完全なヘンタイだ。それは間違いない。
しかし言葉とはそれが真実であればより鋭い刃を持つものであり、振りかざすなら時と場所を見定める必要がある。
 長いくすぐりで体力を奪われ、両手を拘束された状態で、ヘンタイをヘンタイと罵るのは決して賢いとは言えない行動であっただろう。

「特訓に協力してあげてるのに、そんなこと言うんだ?」 

 ニッコリと笑って鈴音が言う。

「いや、その」
「別にいいよ? 美香ちゃんが私をヘンタイだって思うなら、ヘンタイらしくこちょこちょするだけだもん。例えばこんな場所に悪戯しちゃったり・・・・・・ね」

 人差し指で太ももを優しくなぞられる。

「そ、そこはだめ!」
「さわさわ~、くすぐったい?」

 それぞれの指が好き勝手に太ももの上で遊ぶ。ぞわぞわ、というくすぐったさが無数に太ももで生まれる。けれどそれはただくすぐったいだけじゃなくて。

「私はヘンタイだもん。こんなえっちな場所をこちょこちょしても文句は無いよね。ふふっ」

 くすぐったさとは別の甘い感覚が、私のなかで芽生えようとしていた。太ももをくすぐる指がきわどい場所に触れる度に思わずビクッと反応してしまう。
エッチな場所とかわざわざ言うから余計意識しちゃうじゃんか。ばかぁ!

「んっ、あっ、あははっ、あん!」

 唇からは笑い声とは明らかに違う、しっとりと濡れた声が混ざり漏れ始めていた。
きっと鈴音も気付いているのだろうけど、ここで止めてしまえば余計変な空気になるのは目に見えている。

「さ、さて、ラストスパートだっ」

 わざと明るく声を張り上げて、太ももから手を離す鈴音。

「お待ちかねの腋をいじめちゃうぞ~」

 指がくすぐったそうに動くのを見せつけ、ゆっくり焦らすように腋へと近付ける。その時だ。

「おっと」

 バランスを崩し、私の方へ倒れこむ鈴音。かろうじてひざと手をついて転倒はまぬがれるものの、下着の上から女の子の大事な部分にひざが押し付けられる形になってしまった。

「ひゃう!」

 しばしの沈黙。
 どうするのよこの空気、と私は瞳で問いかける。迷った末、鈴音が選択した行動は。

「こちょこちょこちょ~」

 強行突破だった。まるでなにも起こらなかったとでも言うみたいに、鈴音は腋をくすぐり倒す。

「あはははははははははっ!」

 一番の弱点を一切遠慮なしでくすぐられるのは想像を絶する感覚だった。頭がスパークしている。溶けちゃう。鈴音に触れられた場所がくすぐったすぎて溶けちゃう!
 笑い声を上げ暴れる身体を、もう私は押さえられない。しかし身体が動くたびに膝はグリグリと秘所を刺激し、甘いピンクの電流がほとばしる。

「やめへっ、ほんほにひゃめて! くしゅぐられながらきひゃうから、らめっ!」
「それそれ~♪」

 激しいくすぐりに声が枯れ、舌も回らなくなった私の言葉は、もう鈴音には届かない。こしょこしょと腋をひっかかれ、くすぐったいツボに指を押し込まれ、曲げた指先でくぼみを掻き出される。
ひざも遠慮なくあそこに押し付けられ、くすぐったさと気持ち良さが混ざっていく。ダメ、来ちゃう。あ、あ、あ!

「んんんんんんっ!」

 快感の波に押し上げられ、とうとう私は達してしまう。しかしくすぐりの手はゆるまない。私が軽くイっちゃったことに気付いてないみたいだ。
おかしくなる。このままじゃくすぐったくて気持ちよくて、おかしくなるっ!

「ただい・・・・・・ま?」

 唐突な第三者の声。
 くすぐりの手がパタリと止まる。鈴音は固まっていた。ある一点を見つめて。はずむ息を整え、私もその視線をたどる。

「あの。図書館から帰っても誰もいなくて、そしたらお姉ちゃんの部屋から声がして、見てみたら、こんな・・・いちゃついてるとは思わなくて・・・で、でも大丈夫だよ? 女の子同士でも別に変だなんて思わないから。私、むしろ応援しちゃうから。つまりその」

 顔を真っ赤にして言葉を探す少女が、鈴音の妹が、開かれたドアの向こうに立っている。

「お幸せにっ!」

 そう叫んで逃げ出す妹ちゃん。私と鈴音はあわててその背中に声をかける。

「「待って! 誤解だから、待ってえええええ!」」

「・・・・・・ほんと、ごめんなさい」

 あれから数日後。ファミレスにて。鈴音はテーブルに頭をひっつけ、ひたすらに詫びた。
私は無言のままチョコパフェを喰らう。もちろんコイツのおごり。

「もう二度としないからさ、許してくれない?」
「だめ、許さない」

 無愛想に私は言う。

「ど、どうすれば機嫌を直していただけますでしょうか」

 対する鈴音はもはや敬語だ。

「もう二度としない。パフェをおごる。なんて条件なら許してあげないから」
「ではいかなる条件ならば許していただけますか」
「前半の文を撤回するなら、まぁ、いいよ」

 少し考え込む表情になり、たっぷり十秒ほど経過すると、突然その顔にパアっと笑顔が咲いた。

「なーんだ。やっぱり美香ちゃんくすぐられるの気持ちよかったんだ。またくすぐって欲しいだなんてエッチなんだからぁ。私にヘンタイなんて言ったくせにさ、実は美香ちゃんが一番ヘ・ン・タ」
「パフェのおかわりもらってくる」
「サーセンしたっ! 小遣いもう無いんで、勘弁して下さい」

 はぁ、と私はため息を吐き。

「冗談だよ」

 なんてつぶやいて、鈴音に向けた顔は。
 きっと特訓の成果で満面の笑顔になっていたと思います。

おしまい。