あの秋の花火

Last-modified: 2020-11-08 (日) 03:52:54
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あの秋の花火

 その妖怪は、那須野の山奥にこしらえた小さな御殿に住んでいた。
 その妖怪は、日本でも屈指の霊力を持つ大妖怪であったが、誰にも恐れられていなかった。
 その妖怪は、永遠の命を持ちながら、何一つ野望を持っていなかった。

 その妖怪の名は玉藻前。白面金毛九尾の狐と呼ばれる美しい妖怪である。

「玉藻様! 玉藻様ー!」
 玉藻の世話をする侍女の一人が、バタバタと廊下を走って玉藻の部屋にやってきた。
「なんじゃぼたん! 騒々しい! 今は大事な所なのじゃ。静かにしておれ!」
 玉藻に一喝された侍女――ぼたんは途端にしゅんとなって、三角形の耳をぺたっと伏せた。玉藻と同じ狐の
妖怪だが、こちらは尻尾が一本しかない普通の妖狐だ。
 妖怪としての格は玉藻の足元にも及ばないのだが、玉藻は常に側において可愛がっている。
「ご、ごめんなさい……」
 ぼたんは謝りながら、上目使いで玉藻を見た。怒ってたらどうしよう……とぼたんは心配したが、玉藻の
表情をうかがった限りでは、不機嫌ではあるが怒ってはいないようだ。
 玉藻が不機嫌になっている理由――それが玉藻の目の前にあった。
(今日もあざみ、勝ってるんだ……)
 玉藻の目の前には、ぼたんが人間の街まで行って手に入れてきた碁盤が鎮座していた。ここ最近、玉藻は暇
さえあれば碁盤に向かっている。
 碁盤を挟んで玉藻と向かい合っているのは、もう一人の侍女、ぼたんと同じ妖狐のあざみだ。玉藻の暇潰し
の相手をさせられているらしい。
 ぼたんは囲碁の打ち方を知らない(五目並べしか出来ない)から盤面を見てもどっちが勝っているのかは
分からないが、あざみの尻尾がフリフリと動いている所を見ると、どうやらあざみが優勢であるらしい。
「ぬぬぬぬぬ……いつの間にかわらわよりも強くなりよってからに……」
 盤面を睨んだまま玉藻が唸る。考え事をすると無意識に動くのだろうか、九本の尻尾が忙しく揺れていた。
(あざみも大変だなぁ……)
 囲碁の打ち方を二人に教えたのは玉藻だった。ぼたんは全然覚えられなかったが、頭の回転が速いあざみは
すぐに覚え、玉藻といい勝負をするようになった。今では互角以上に渡り合う腕前である。
 玉藻は負けると機嫌が悪くなるが、だからと言って手加減をされると本気で怒る。一度だけわざと負けた
あざみはこっぴどく叱られて、一晩中くすぐりの刑にされていた。

「はぁ……お茶、淹れてきますね。栗ようかん買ってきましたから……」
 ぼたんは玉藻にお願いがあったのだが、この様子ではとても聞いてくれそうにないと諦め、そそくさと部屋
を出て行った。

「おのれ~……次こそは負けぬ……! 覚えておれよあざみ!」
「ふぁ……はぃい……」
 あざみはか細い声で返事をした。玉藻の尻尾で全身を愛撫されて、うっとりとされるがままになっている。
勝負に負けた腹いせに玉藻があざみをいじめている……のではなく、あざみ自身が望んだご褒美だった。

 勝負事は真剣にやるから面白いのじゃ、という持論を持つ玉藻は、あざみが手加減をしないように決まり事
をつくった。それが『負けた方は勝った方の言う事を何でも一つ聞く』というものだった。
 あざみとしては、負ければ玉藻のイタズラの餌食にされてしまう反面、勝てばご褒美がもらえるのだから
手を抜く訳にはいかない。
 今日のご褒美は『玉藻様の尻尾ですんごく気持ち良くしてもらう』だった。柔らかい毛に覆われた九本の
尻尾で全身をもふもふと愛撫され、あざみは幸せそうだ。

「して? 何か用事があったのではないのかえ? ぼたん」
 尻尾であざみを可愛がりながら、玉藻はぼたんにたずねた。
 あまり機嫌のよくない玉藻が自分のお願いを聞いてくれるかどうか分からないが、たずねられたからには
答えない訳にもいかない。ぼたんはおずおずと切り出した。
「え? あ……はい……そのぅ……提案っていうか……お願いがありまして……」
「ほう? 何じゃ? とりあえず聞くだけ聞いてやろう」
 玉藻はあっさりとそう言った。もう機嫌は直っているようだ。
「あの……お祭り……行きませんか?」
「祭りじゃと?」
 人間たちが暮らす麓の村で収穫祭が開かれるのだ、とぼたんは説明した。
 今年の収穫を左右する雨を降らせてくれた事を神に感謝し、来年の豊作を願う祭りだと言うのだが、玉藻の
記憶が確かなら、田植えの時にも祭りは行ったはずだし、収穫前にも行ったはずである。。
 結局の所、人間は何かと理由をつけては祭りをするのが好きな生き物なのだろう。

「屋台とか、花火とかあって、きっと楽しいですよ? 玉藻様もきっと楽しめると……」
「……つまり、お前が行きたいのじゃな? 最初からそう言えば良いのじゃ、ばか者め」
「うぅ……ごめんなさい……行きたいです……」
 ぼたんは再びしゅんとなった。だが玉藻のあの『ばか者め』は、ぼたんを諭しているのであって怒っている
訳ではない。玉藻はすぐ笑顔になって、ぼたんの頭を撫でた。
「ふふ……そう萎れるでない。お前が行きたいのなら一緒に行ってやるほどに。ホレあざみ出かけるぞ。支度
せい。帰ってきたら続きをしてやるほどにな」
「ふぁあい……」
 九本の尻尾から解放されたあざみは、のろのろと立ち上がって着物を整える。
 まだまだ物足りなさそうな顔をしているのを見て、ぼたんはちょっとだけ申し訳なく思った。

 村は大変な賑わいだった。
 村の人口はそう多くないはずだが、祭りとなると近隣の村からも人が集まってくるのだろう。またそれらの
客が落とす金を当て込んで、香具師たちが様々な物売り屋台や見世物小屋、賭場などを開いている。
 妖怪の姿もチラホラ見受けられる。クスグリオロチの一件以来この村の人間は妖怪たちと交流を持つように
なり、お互いの文化を尊重し合いながら良好な関係を築きつつあった。

「ほほーう? ずいぶんと大勢いるのう。それに……何やら良い匂いじゃなぁ」
 屋台から匂ってくるのだろう。肉の焼ける匂いや砂糖が焦げる匂いがあたりに漂っている。
「ふわあ……何だか急にお腹すいてきちゃった……」
 あざみが物珍しそうに屋台を眺めながらお腹を両手で押さえた。今日は朝からずっと囲碁に熱中していて
何も食べていないのだ。
「よし、お前たちに小遣いをやろう。甘いものばかり食べるでないぞ」
 玉藻がぼたんとあざみに小銭を握らせると、二人は目をきらきらさせ、ぱたぱたと尻尾を振って喜んだ。
 金を持たされてお使いに出される事はしょっちゅうだが、不必要なものを買う事は許されていない。こんな
風に小遣いを渡されて、好きなものが買えるのは初めてなのだ。
 二人はお礼もそこそこにすっとんで行き、人混みの中へと消えた。
「ふふ……まだまだ子供じゃのう……」
 見た目では一番子供の玉藻はそう言って微笑むと、酒を売っている屋台を求めて歩きだした。

「玉藻様! 玉藻様ー!」
 玉藻が網で焼いた油揚げを肴に冷酒をちびちび呑っていると、遠くの方から聞きなれた声が聞こえた。顔を
上げると、ぼたんとあざみが転がるように走ってくる所だった。
「何を騒いでおるのじゃ。他の者たちの迷惑になるじゃろうに……」
 息を切らせて走ってきた二人は、両手一杯にべっこう飴やらりんご飴やら焼き鳥やら金魚やらを持っている。
小遣いを貰ったのが相当嬉しかったようだ。
「じゃから甘いものばかり食うなと……まあ良いわ……して何用じゃ?」 
「玉藻様、村外れで武術大会が始まるんです。一緒に見に行きませんか?」
 あざみが差し出した焼き鳥にかぶりついた玉藻は、ゆっくり咀嚼して嚥下してから口を開いた。
「武術大会……? なるほど……それでさっきから男衆の姿が見えぬのじゃな」
 玉藻がこの屋台を見つけた時は何人もの男が酒を酌み交わしていたのだが、少し前から一人二人と減り、
今では香具師の親父しか残っていない。みんな村外れまで見世物を見物に行ったのだろう。
「腕に覚えのある人間とか妖怪とかが集まって、誰が一番強いか決めるんです。もちろん殺し合いはしません
けど」
 人間と妖怪が入り混じって戦ったら身体能力が生まれながらにして高い妖怪の方が有利に思えるが、人間の
方が練習熱心だ。村の男は百姓といえども、有事には武器を持って戦にも出るのだから。
 見世物としてはそれなりに面白いものになるだろうが、玉藻はあまり乗り気にはならなかった。

「ふん、くだらぬ。他人同士の殴りっこなぞ見て何が面白いのじゃ。第一野蛮じゃな、うん」
 玉藻はあざみの誘いをにべもなく断り、一合舛を一気に呷った。何のことはない。酒が美味いので動きたく
ないのである。
「そうっすよねぇ。あんなものは野蛮な男どもが見るもんでさぁ。優勝賞品のぶどう酒一年分に目がくらんだ
連中が血眼で殴りっこする、下品な出し物ですぜ。玉藻様にゃあ向きませんや」
 たった一人残った客を逃がしてなるものかと、酒売り屋台の親父は玉藻に同調した。
 だが、それがいけなかった。
 酒売り屋台の親父の言葉に、玉藻の耳がぴくんと動いた。酒を呑む手が止まる。
「お主、今なんと言った?」
「へ? ですから、あんな下品な出し物は玉藻様にゃあ向かないと――」
「違う。その前じゃ」
「その前ってーと……優勝賞品のぶどう酒一年分に目がくらんだ連中が――」
 玉藻がニタリと笑う。その表情のまま、ほたんとあざみを振り返った。
「――ぼたん、あざみ」
「はい?」
「出場せい」
「は?」
「命令じゃ。その武術大会とやらに出場して、何としても優勝してくるのじゃ」
 玉藻の目がすわっていた。玉藻は、ぶどう酒にはとことん目がない人なのだ。

「はあ……なんでこんな事に……?」
 二人は揃ってため息をついた。
 幕を張っただけの簡単な控え室の中には、赤銅色に日焼けした筋骨隆々の剣士や、身長がぼたんたちの倍は
あろうかという巨漢の妖怪など、余興とは思えないくらい本気の連中が集まっていた。
「み……みんな強そうだね……」
「ぼたんはまだいいわよ……私なんて、この人たちと素手で戦わなくちゃならないんだから……」
 祭りの余興で怪我人や死人が出ては興醒めだ。そのため、殺傷力の高い武器や術の使用は禁じられている
のである。
 剣士であるぼたんは借りた木刀を使えるが、術士のあざみは徒手空拳で戦うしかない。護身術程度なら玉藻
に手ほどきを受けた事があるものの、屈強の戦士を相手に通用するとはとても思えなかった。
「私が何とか頑張ってみるよ……あざみは怪我しないように気をつけてね」
 そもそも最初から無茶な挑戦なのだ。玉藻だってそれは分かっているはずだから、もし優勝出来なかったと
してもお仕置きは――きっと軽くてすむだろう。
 だが玉藻は勝負事にはうるさい人だ。手加減をしたり、最初から負ける気で戦ったりする者を許さない。
「やれるだけやるわ……自信はないけど……」
 そういってあざみは、もう一度盛大なため息をついたのだった。

 ぼたんの初戦の相手は、村一番の槍使いと言われる初老の男だった。
 剣で槍に勝つには相手の三倍の実力が必要、などと言われる通り、得物の長さで勝る槍を相手するのは大変
なのだが、この勝負はぼたんの圧勝で終わった。
 クスグリオロチの一党と激闘を続けてきたぼたんの実力は、相手の三倍などというケチなものではなかった
のである。

 可愛らしい狐の妖怪が思わぬ活躍をした事で、見物人たちは一気に盛り上がる。そんな熱気の中、あざみの
初戦が始まろうとしていた。
 あざみの対戦相手は――とんでもない大物であった。
 
「ほほう。わらわの対戦相手はあざみと申すのか。お手柔らかに頼むぞよ」
 屋台で売られている狐のお面で顔を隠してはいるが、頭には自前の狐耳、お尻には九本の尻尾、子供っぽい
声なのに高慢な喋り方――
「な……何やってるんですか玉藻様!」
「玉藻? 誰じゃそれは? わらわは謎の狐仮面じゃ」
「自分で謎って……そもそも顔しか隠れてませんよ玉藻様」
 見物人の中に姿が見えないな、とは思っていたが、まさか出場しているとは考えもしなかった。
「さっきから何を訳の分からぬ事を言っておるのじゃ? わらわは玉藻などという者は知らぬ。じゃが、精々
油断せぬが良いぞ、あざみとやら。わらわはその玉藻とかいう者よりも意地が悪いかも知れぬでなぁ……」
 狐仮面が意味深な忠告をする。その意味を考えたあざみは、ひどく嫌な予感(もはや確信)をおぼえた。

 相手が玉藻と分かっていてもあざみは全力で立ち向かうしかない。本気を出さなければ後でどんなお仕置き
が待っているか分かったものではないのだ。
 試合開始の合図と同時に、あざみは身を低く沈めて一気に間合いを詰め、渾身の諸手突きを放つ。玉藻が
あざみに教えた、相手を一撃で昏倒させる事が出来る技だ。
 玉藻は舞うような動きでこれをかわしつつ、あざみの着物を掴みに来る。あざみは慌てて玉藻の手を捌いて
間合いを離そうとした。9本の尻尾を持つ玉藻相手に自由を奪われるのはあまりにも危険だ。
 だが玉藻は退がるあざみに追従し、しつこく着物の襟や袖口を掴もうとする。あざみは必死に防戦した。
「ふふふ……楽しいのう。ほりゃほりゃ、もっと頑張らぬとつかまえてしまうぞ~?」
 玉藻は組み手争いを楽しんでいる。その動きは酔いが回っているとは思えないほど速く、そして正確だった。
あざみは防戦一方で、反撃の糸口すら見つけられないでいる。
(捌ききれない……! このままじゃつかまる……)
 あざみの脳裏に諦めがよぎった瞬間――あざみの視界がぐらりと揺らいだ。
 組み手争いに夢中になりすぎて、足元が完全に留守になったのだ。玉藻はその瞬間を逃さず、ヒョイと足を
引っかけたのである。そのまま尻餅をつきそうになるあざみ。
 が、あざみは転倒しなかった。
 着物の両袖を、玉藻がしっかりとつかんでいた――

「相手が得意とする間合いで戦ってはならぬと、玉藻とやらに教わらんかったか? ……ばか者め」
 そんな事言われても、とあざみは思う。術の使用を禁じられている以上、玉藻の間合いの外から攻撃する
手段をあざみは持っていないのだ。
「間合いが切れぬなら、近づけば良かったのじゃ。組みついてわらわを押し倒せれば、体格で勝るお前の方が
有利に戦えたかも知れぬじゃろ。まだまだ稽古が足らぬのう……お仕置きじゃ」
 玉藻の尻尾が二本、あざみの袖口からスルスルと入り込んできた。
「ひ……ッ!」
 柔らかい毛があざみの腕をくすぐる。逃げたいが、玉藻に袖をつかまれているので逃げられない。尻尾は
あざみの腕にくるくると巻きつきながら伸びてきて、やがてその先端があざみの腋の下に到達した。
「ひひゃあッ!! あきゃははははははははッ!! くすぐっ……! くすぐったひひひひひっ!!」
 玉藻はあざみの袖を放し、その手であざみの腰をむんずと掴んだ。そのまま指をワキワキと動かしてあざみ
の腰回りをくすぐる。
「た、たたた、玉藻様ぁああああッ!! 手! 手ェエエエエッ!!!」
 尻尾でくすぐられる事はしょっちゅうだが、手でくすぐられた経験はほどんどない。尻尾とは違うくすぐっ
たさに襲われ、あざみはクネクネと身をよじって笑い悶えた。
「くくく……あざみ、見物人がおる事を忘れるでないぞ? 気を抜いて漏らしたりせぬようにな」
 そんな事を言いつつも、玉藻はくすぐりをやめるつもりはないらしい。残り七本の尻尾が着物の隙間から
滑りこみ、浴衣の下の素肌に巻きつけられる。
「きゃははははははは!! やめて……! やめてください玉藻様ぁはははははッ!!」
 あざみはくすぐったがりだが、玉藻に尻尾でくすぐられるのは嫌いではない。フカフカで温かくて不思議な
安心感がある。玉藻のくすぐり責めはあくまでも愛情表現の一種なのだ。クスグリオロチの一党にやられた
くすぐり責めとは根本的に違うのである。
「たまもさまぁああッ!! あひゃはははははッ!! やぁめてぇええええっ!!!!」
 大勢が見ている前で玉藻に可愛がられるという状況に、あざみは嬉しいやら恥ずかしいやら、くすぐったい
やら気持ちいいやらという複雑な心もちだった。

「頑張れーあざみちゃーん!」
「玉藻様ー! 良く見えないよー!」
 見物人から無責任な歓声が沸き起こる。武術大会とは違った見世物に、見物人は大喜びだった。
「皆に楽しんでもらえて何よりじゃのう、あざみ? ではもっと良く見えるようにしてやらねばのう」
 玉藻はそう言うと、あざみの着物の中にもぐり込ませた尻尾を器用に動かし、着物をはだけさせて行く。
あざみの着物はまるでタケノコの皮を剥くかのようにあっさりとはぎ取られ、あざみはあっという間に全裸に
された。
「やだ……! 玉藻様……! は、恥ずかしいですぅ!!」
 裸にされたあざみは、見物人の方を向くかたちで足を広げさせられた。胸と股間だけは玉藻が尻尾で隠して
くれているが、こんなに恥ずかしい目に遭わされたのは初めてだった。
「お仕置きだと言ったじゃろ。これに懲りたら日々の精進を怠らぬ事じゃ。ふふふ……」
 祭りの特殊な空気が玉藻の気分を高揚させている事に気付いたのは、全てが終わった後であった――

 大勢の男たちが見ている前で手足の自由を奪われ、公開くすぐりの刑にされているあざみ。
 恥ずかしさもさることながら、くすぐったさの種類もいつもと違っていた。
「あひひひひッ!! 玉藻さまぁああっ!! そ、それくすぐったいぃ!!」
「うむうむ。くすぐりの刑じゃからな」
 あざみの反応に満足したように頷く玉藻。まるでイタズラっ子のような顔をしている。
 いつもなら尻尾で包み込まれてもふもふとくすぐられるから、くすぐったさの中にも心地よさが混ざって
いる。あざみはそれが好きだった。
 だが今回は見物人に良く見えるようにという配慮から、玉藻は尻尾で包み込む事はせず、尻尾の先端を筆の
ように使ってコチョコチョとくすぐっている。くすぐられる面積は小さいものの、あざみの弱点を全部知って
いる玉藻の責め方にはそつがない。
「ひゃめぇへへへへへッ!! ちがうぅっ!! いつもと違う~ッ!!」
「ほ~れほれ、あざみの弱点はどこかのう? 臍かのう? それとも腋の下かのう?」
 玉藻はそう言いながら、あちこちを尻尾の先端でくすぐる。全身の弱点をいっぺんにくすぐるのではなく、
あえて一か所ずつくすぐってあざみをクネクネと踊らせていた。
 見物人の盛り上がりは最高潮だ。何故か分からないが前かがみになっている男がたくさんいた。

「うぁあああん! も…ッ! もうやめてくださいひひひひ~ッ!!」
「なんじゃ? もう降参かえ? だらしないのう……」
「いじわる……! いじわる……!! いじわるぅ~!! 分かってるくせにぃいひひひひッ!!」
 玉藻にイタズラされるのはいつもの事だ。玉藻はいつも苦しくなりすぎないように手加減をしてくれるから、
どんなにくすぐられても降参した事は一度もない。
 だが今回だけは事情が違うのだ。
「そ……そんな風に焦らされたら私……ッ!! んぁああああッ! 許してくださいぃいいいいっ!!!」
 尻尾の先で身体の各所を責められるのもくすぐったいが、玉藻の本命はそれではなかった。あざみの胸と
股間を隠している尻尾をジワジワと蠢かし、むず痒いような刺激をずっと送り込み続けているのである。
 決して不快ではないがあまりにも物足りない刺激。もっと尻尾を動かして乳首やアソコをくすぐって欲しい
のに、玉藻は触れるか触れないかくらいの刺激しかくれないのだ。
 くすぐったがって暴れるフリをしながら少しでも刺激を増やそうと試みたのだが、玉藻にはお見通しだった
らしく、思い通りにはならなかった。
「そんなに欲しいのなら、今ここで、皆の前で鳴かせてやってもよいのじゃぞ?」
「そ……それもダメですぅううううッ!!」
「ふふ……冗談じゃ」
 いくら玉藻がイタズラ好きでもそこまではしない。玉藻は可愛い侍女たちを困らせるのが好きなだけで、
嫌がらせが好きな訳ではないのだ。
「では今日はこのへんで許してやるとしようかのう……」
 玉藻はあざみを解放し、着物を拾って羽織らせた。見物人から野次が飛ぶ。もっと続けろというのだ。
「ええい、黙らんか小僧ども! 見世物ではないぞ!」
 玉藻はぷんすか怒って見物人たちを怒鳴りつけた。見物人たちが蜘蛛の子を散らすように逃げだす。
(お金取ってないけど立派な見世物ですよ玉藻様…… しかも自分が晒しモノにしたくせに……)
 あざみはそう思ったが、機嫌を損ねてもいい事はないので口には出さなかった。

「ふぁあ……しあわせ……」
 あざみは虚ろな表情をしたままつぶやいた。まだ快楽の余韻に浸っている。
「こんな場所で褒美の続きをやる事になるとはのう……」
 玉藻は祭り会場から離れた場所にある廃神社にあざみを連れ込み、あざみの腰が立たなくなるまで弄んだ
のだ。出かける前にしていた『ご褒美』の続きである。
「誰かに見つかるんじゃないかと思って……どきどきしました……」
「ふふ……たまには御殿の外でやるのも面白いものじゃな」
 廃神社の床に横たわったあざみを尻尾で優しく撫でながら玉藻が笑った。
「さて、そろそろ決勝戦の相手が決まる頃合いじゃな。まあ十中八九ぼたんじゃろうがな」
 今ごろ会場ではぼたんが準決勝を戦っているはずだ。本来ならその後玉藻(謎の狐仮面)の準決勝が行われる
はずだったのだが、対戦する予定だった男は早々に棄権を申し出ている。玉藻相手に勝ち目があるかどうか
以前に、勝っても負けてもいい事がないと悟ったのだろう。
「よし、ぼたんがどの程度腕をあげたか見てやろう。行くぞあざみ」
「は、はいぃ……」
 こんな事でもなければ、本気のぼたんと戦う機会など滅多にない。玉藻は決勝戦を楽しみにしていた。

 ぼたんが準決勝で敗退するという結果は、玉藻もあざみも予想していなかった――

「ええ!? ぼ、ぼたん……! どうしちゃったの!?」
 武術大会の会場に戻った二人が見たのは、意識を失って倒れているぼたんの姿だった。
「むう……まさかぼたんを倒すほどの手練がおるとは……」
 見たところぼたんに外傷はないようだ。時折びくん、びくんと身体を痙攣させているから死んではいない
らしい。
「心配いらんよお狐様。酸欠で意識を失っただけじゃて。じきに回復しますじゃ」
 ぼたんの様子を診ていた村の産婆が言った。あざみもぼたんを診察したが、答えは同じだった。
「酸欠じゃと……?」
 玉藻は首を傾げた。ぼたんの実力は常に側に置いている玉藻が一番良く知っている。酸欠という事は、打撃
で倒されたのではないという事だ。徒手空拳の戦いに不慣れなあざみならいざ知らず、小さい頃から剣の道一筋
で生きてきたぼたんの懐に入れるのは只者ではない。
「相手は誰なんでしょうか……このあたりにそんなに強い人がいるなんて聞いた事ありませんよね……?」
「うむ……じゃが、能ある鷹はなんとやらと言うからのう」
 見物人に試合の様子を訊いてみたが、ぼたんの身に何が起こったのか把握している者は一人もいなかった。
良く分からないうちに組みつかれて絞め技か何かで落とされたのだと言う。

「これは……決勝戦で仕合うて実力のほどを確かめてみる必要があるのう」
 玉藻はそう言って笑った。楽しくてたまらないといった表情であった。

 決勝戦の舞台で相まみえたのは、人間の形をしているが一目で人間ではないと分かる妖怪だった。
 可愛らしい顔立ちに均整の取れた体つきの女性だが、まるで氷細工のように身体が透明なのだ。衣服も着て
おらず、向こう側の景色が透けて見えていた。玉藻の知らない妖怪である。
「お主がぼたんを倒した妖怪かえ? なかなか腕が立つようじゃのう」
 透明の妖怪がペコリと頭を下げた。
「お褒めに預かり恐縮です~。えーと……謎の狐仮面さん?」
 透明の妖怪はクスリと笑った。玉藻はその名前で出場登録しているのだ。正体を隠すためお面をつけている
が、勿論彼女の正体に気付かない者は一人もいない。
「ふふ……ぼたんを倒すほどの手練を相手に、面をつけたままというのは失礼じゃったな」
 玉藻は狐のお面を脱ぎ、見物席にいるあざみに向かって放った。
「あざみ、分かっておるな? 尋常の勝負じゃ。何があっても手出しは無用!」
 あざみが神妙な顔で頷く。玉藻はそれを確認すると、対戦相手の方に向き直った。
「では、お主の実力を見せて貰おうかの」
「はい~。一手ご指南願います。玉藻様~」
 張りつめた空気の中に、試合開始を告げる半鐘の音が鳴り響いた。

 まず相手の出方を見ようと、玉藻は手を出さずに相手の間合いに近づいた。相手が衣服を着ていないため、
あざみの時のように掴みに行く事は出来ない。
 玉藻もあざみと同様、術による戦いが専門だが、接近しての肉弾戦が苦手な訳ではない。九本の尻尾が届く
範囲内は全て玉藻の間合いなのだ。
 相手の間合いに入っておき、不用意に攻撃をしてくれば後の先を取る。それが玉藻の戦い方である。
 だが相手は玉藻の思惑に乗ってこなかった。一切攻撃を出さず、構えもせずに突っ立っているだけだ。
(何を企んでおるのじゃ……? こやつもわらわが手を出すのを待っている感じじゃな……)
 お互いが相手の攻撃を待っている。こういった場合、先に痺れを切らせた方が負けである。
 だが玉藻は、すぐに睨めっこに飽きてしまった。
(このままでは埒があかんではないか。仕方ない……こやつの誘いに乗ってみようかのう)
 決して痺れを切らせた訳でも、相手を侮っていた訳でもないが、このまま睨めっこを続けていても時間の無駄
だと思った。見物人も退屈だろうし、何より玉藻自身が退屈だった。

 玉藻は舞うような動きで相手を幻惑しつつ、相手の肝臓めがけて右手の手刀を打ちおろした。
「ぬ……!? こ、これは……!!」
 右手に感じた手応え――まるで柔らかい餅を叩いたかのような感触。
(こやつ……そういう妖怪であったか……!)
 玉藻は相手の正体に気付いたが、時すでに遅し。
 もはや完全に術中にはまった後であった。

 玉藻の右手は、相手の脇腹に深々と突き刺さっていた。これは比喩ではなく、本当に手首まで刺さっている
のだ。
 普通の人間や妖怪が相手なら血を噴き出し、内臓を飛び出させて絶命しているだろう。だが透明の妖怪は
出血どころか痛がる素振りも見せない。
 それもそのはずである。透明の妖怪の正体は、不定形の身体を持つ液状の生物なのだから。
「し、しまった……! 手が抜けん!!」
 玉藻は突き刺さった右手を引き抜こうとしたが、透明の妖怪の身体はまるで強力なトリモチのような粘着力を
持っていて、どんなに引っ張っても抜く事が出来ない。
 予想外の出来事に慌てた玉藻は、左手を相手の身体に添えて右手を引き抜こうとした。すぐに「しまった」
と思ったが、気付いた時にはもう左手も呑みこまれていた。
「うふふ。自己紹介がまだでしたねぇ~。私は粘液女という妖怪なんですよ~。名をつくしと言います~。以後
お見知りおきを~」
 つくしはそう言うと、玉藻の耳に手を伸ばしてツンツンとつついた。
「ひゃ……! ば、ばかもの! み、みみみ、耳を触るでない!」
 ゾクゾクするようなくすぐったさが奔る。玉藻は耳をピコピコと動かして必死に抵抗した。
「耳を触られるの弱いんですかぁ~? 早く逃げないと、もっと色んなトコを触っちゃいますよ~?」
 動きを封じられたのは両手だけで、まだ九本の尻尾が残っている。だが尻尾で攻撃しても同じ事に――いや
もっと危機的な状況に陥る事は分かっていた。逃げたくても逃げられない状況なのだ。
「おのれ……! 調子に乗りおって……! わらわを辱めた報いは必ず受けさせ……ふぁあああッ!!」
 玉藻は凄んで見せようとしたが、首筋をコチョコチョとくすぐられて言葉を中断させられた。つくしの指使い
はとても巧みでくすぐったかった。
「さ~あ、そろそろ余興は終わりにして、本気で玉藻様を攻撃しますよ~? 覚悟はよろしいですかぁ~?」
 覚悟が出来ていようといまいと、今の玉藻にはどうする事も出来ない。どんな攻撃をされても逃げる事が
出来ないのだから。
(いかん! これはいかん!! このままではじり貧じゃ! 何とかせねば……!)
 だが両手の自由を奪われ、物理的な攻撃は効かず、術の使用は禁止――禁止されていなくても酔っている今
は使えないと来ている。
 何とかしようにも、いかんともし難い状況であった。

「ホーラホラ玉藻様~? 私の身体はどんな形にでもなれるんですよ~? たとえばこんな風に……」
 取り込まれた両手の近くからつくしの身体の一部が蛇のように伸びて来て、玉藻の腕に巻きついた。そのまま
くるくると腕に巻きつきながら袖の中を進み、その先端が玉藻の腋に到達する。
「まさか……! や、やめい! やめんかあはははははははははッ!!」
 腋の下に想像していた以上のくすぐったさを覚え、玉藻は身をよじって悶え始めた。着物の中は見えないが、
つくしから伸びた触手の先端が枝分かれし、人の手のようになってくすぐり始めたらしい。
 玉藻はジタバタと暴れて必死に両腕を引き抜こうとするが、強力な粘着力がそれを許さない。
 さらにつくしは両手を玉藻の身体に伸ばし、腰のあたりをむんずと掴んだ。皮肉な事に先ほど玉藻があざみ
に対して行った攻撃と全く同じであった。

「ぎゃぁあ~ははははははッ!! やめぇ! やめるのじゃぁああッ!! くすぐるでなひぃひひっ!!!」
 腋の下と腰回りを同時にくすぐられ、玉藻は駄々っ子のようにイヤイヤと首を振った。クスグリオロチの
一党と戦った時には何度もこんな目に遭わされて来たが、衆人環視の中でくすぐり責めにされて無理矢理笑い
悶えさせられるのは耐えがたい。
 散々あざみを晒し者にした玉藻が言うのもアレだが、実にひどい仕打ちだ。
「これからどんどんくすぐったくなって行きますよ玉藻様~? 早く逃げた方がいいんじゃありませんか~?」
 玉藻が動けないのをいい事に、つくしは遠慮なく玉藻をいじくり倒した。着物の中に手を差し入れてほとんど
膨らんでいない胸をくすぐり、小さな突起をクリクリと転がす。子供のような見た目の割に敏感な乳首を責め
られ、玉藻は顔を上気させて悶えた。
「ちょうしに乗りおってぇへへへッ!! わらわにこんな……こんにゃことをしてぇ……ッ! ふぁあッ!!
たっ……ただですむと思うでにゃひゃひゃははははははははッ!!!」
「コワイですねぇ~。じゃあ仕返しする気も起きないくらい、徹底的にくすぐってあげますね~?」
 見物人がどよめいた。
 つくしの首から下――艶めかしい女体の形をしていた体がドロリと溶け、完全な液体となって玉藻の全身に
まとわりついたのだ。
「ひっ! 卑怯だぞお主ッ!! だ、駄目じゃ駄目じゃ!! こりゃ……! 着物の中に入るでないっ!!」
 液体になったつくしの体はどんな小さな隙間でも侵入出来る。つくしは玉藻の着物の袖口や襟、裾などから
スルスルと入り込み、玉藻の素肌にへばりつく。
 あっという間に、玉藻の全身は液体と化したつくしに包まれてしまった。
「うふふ……玉藻様つっかま~えた~」
 頭だけが元の形のまま残っていて、玉藻の肩から生えているように見える。それが玉藻の耳元で囁いた。
「ねえ玉藻様~? 私の身体はどんな形にでもなれるって言いましたよね~? それがどういう意味なのか、
分かりますかぁ~?」
「ふ、ふん! わらわの動きを封じたくらいで、もう勝ったつもりでおるのかえ? こ、これはわらわの華麗
なる逆転劇への布石じゃ! 演出なのじゃ! 祭りの余興なれば、このくらいの外連味(けれんみ)があっても
良かろうと思ってのことなのじゃ!」
 誰の耳にも負け惜しみにしか聞こえない言葉を吐き、玉藻は余裕があるフリで笑った。
「へぇ~。だったら遠慮はしませんから、その華麗なる逆転劇ってのを早く見せてくださいね~?」
 その直後、玉藻の顔から余裕の笑みが消え、余裕のない笑い顔に変わった。

「ぼたん! 気がついた!?」
 見物席の隅っこで丸くなっていたぼたんが意識を取り戻して飛び起きた。
「あ、あざみ……!? あいつは……? ネバネバ女は!?」
「今玉藻様と戦ってる最中だけど……玉藻様がちょっと劣勢っぽいかなぁ?」
 ちょっと劣勢どころかかなり窮地に立たされているのだが、あざみはのんびりとしたものだ。今は劣勢でも、
本人が言う通り逆転劇が必ずあると信じている。いつだってそういう人なのだ。
 だが、ぼたんは青い顔で首を振り、言った。
「いくら玉藻様でも、あの女に捕まってくすぐられたら何も出来ない……絶対に逃げられないのよ……!」

 舞台では、玉藻が一人で笑い転げている――ように見える。
 外から見ただけでは分からないが、玉藻は今、つくしの強烈なくすぐり攻撃に晒されていた。
「あっひゃぁあははははッ!! こっ、これはたまらぬッ!! やめ……ッ!! やめてくりゃれぇえッ!!」
 玉藻は必至に腋を閉じたりお腹を押えたりして暴れているが、それではつくしの攻撃を防げない。つくしの
液状の体が玉藻の全身をすっぽりと包み込み、ありとあらゆる場所をくすぐっているのだ。
「全身を一斉にくすぐられる気分はいかがですかぁ~? ぼたんちゃんの時は口を塞いでお腹をコチョコチョ
しただけだったんですけど~。相手が玉藻様なら私も手加減なんてしませんよ~?」
 その言葉通り、つくしは玉藻に休む暇も与えず徹底的にくすぐり続けた。どんな形にでもなれるつくしの体
は、全身が手であり指なのだ。これでは数百本の手でくすぐられるようなものである。
「ダメじゃぁあはははははッ! 逃げられぬふふッ!! 抵抗が出来ぬぅうひひひひひっ!!!!」
 玉藻は転げ回ったり、手足をバタつかせたり、身体を弓なりに反らせたりと必死に暴れているが、つくしは
つなぎ目のない一枚の服のようになって玉藻の身体に密着しているのだ。どんなに暴れようがもがこうが、この
くすぐり責めからは一瞬たりとも逃れられない。
 身動きを取れなくされてくすぐられるのもつらいが、動けるのに逃げられないというのもまたつらい。
「えへへ~ムダですよ玉藻様~。私たち粘液女は~、こうやって強い妖怪に寄生して一生を過ごすんです~。
今日からず~っと玉藻様と一緒にいて~、毎日た~っぷりコチョコチョしてあげますからね~」
 つくしがとんでもない事をしれっと言う。これは寄生などという生やさしいものではない。支配だ。
「イヤじゃぁああッ! た、頼むからもうやめ……ッ!! 許してくりゃれへへへへへっ!!」
「許しませ~ん。玉藻様が身も心も屈伏するまで~、泣いても漏らしてもやめたげませんよ~?」
 普段の玉藻は、多少のくすぐり責めならあえて楽しむくらいの余裕がある。人間や並の妖怪にとっては地獄
の苦しみでも、900年も生きた妖怪にとってはちょっとした刺激でしかないのだ。
 しかし、つくしのくすぐり責めを受けた玉藻にそんな余裕はない。この責めからの脱出はおろか、くすぐり
を和らげる方法さえないのだ。
 三流妖怪と侮ったのが間違いだった。霊力だけ見たら大した妖怪でもないのだが、脱出不可能のくすぐり技、
全身を襲う凄まじいくすぐったさ……クスグリオロチの四天王に匹敵する。
「ぎゃひひゃははひはひゃはははぁあははひぃひひはははッ!! な、何も考えられぬぅふひゃはははッ!!
くすぐ……ッ!! くしゅぐったぃいひひひひッ!! た、耐えられぬぅうううッ!!」
 涙を流しながら、手足と尻尾をバタバタさせてのたうち回る玉藻。くすぐり責めなど経験した事のない見物人
たちにはピンとこないが、ある意味くすぐられ慣れているぼたんとあざみには玉藻が本当に苦しんでいる事が
分かる。あんなにくすぐったがる玉藻は今まで見たことがなかった。

「どうしよう……! どうしようあざみ……!?」
「手出し無用とは言われているけど……これは流石に助けないとマズイかも……だけど……」
 玉藻の言いつけを破って、試合を妨害してでも助けに入るべきだ。二人は玉藻の切羽詰まった様子からそう
判断した。
 しかし、物理攻撃が効かない液状の妖怪を相手にどうしたらいいかが分からない。ぼたんの剣やあざみの術
なら効くかも知れないが、玉藻にも傷を負わせてしまう恐れがある。

 二人が躊躇しているうちに舞台では動きがあったようだ。玉藻の笑い声がピタリと止んでしまったのだ――

 強烈極まりないくすぐり責めに、とうとう玉藻が気を失ってしまった……誰もがそう思った。
 しかし、舞台で勝ち誇ったように笑い始めたのは玉藻の方であった。
「ククククク……どうしたのじゃ? もうお主の攻撃はお終いかえ?」
「うぁあ……! たま……も……さまぁ……!」
 つくしが玉藻の服の中から出て行き、みるみるうちに元の姿――人間の形に戻って行く。何が起こったのか
誰にも分からないが、どうやら玉藻が反撃に出たらしい。つくしは透明の身体をクネクネとよじって身悶えして
いる。
 玉藻は舞台に仰向けになったままで、人間の形に戻ったつくしが玉藻に跨っているという体勢だが、主導権
を握っているのは玉藻だった。

「わらわをあそこまで追い込んだは見事じゃった。じゃがツメが甘かったのう。ホレホレ」
「やめぇ……ッ! ダメですぅ~!! ソコだけはダメなんですぅ~!!」
 玉藻は右手をつくしの秘所にもぐり込ませ、液状の身体の中で唯一手応えのある部分を責めていた。
 つくしの身体は透明なのでその様子は外からでも見える。玉藻は親指と人差し指で何かをつまんでクリクリ
弄っているのだ。
「ふふ……“核”を責められる気分はどうじゃ? 気持ち良すぎて動けぬであろう?」
 玉藻が責めているのは、つくしの“核”と呼ばれる部分だった。不定形の妖怪には必ず核がある。変幻自在
の身体を制御する重要機関であり、最大の弱点でもある。
 そして、生身の人間で言えば“陰核”にあたる、最も敏感な性感帯でもあった。
「どうして……んんっ! か、核の場所がぁ……わかった……ですか……ふぁああ!!」
 つくしの身体は透明だが、この核もまた透明である。見ただけでは見つけられない。だからつくしは今まで
一度だってこの弱点を暴かれた事がなかったのだ。
「最初からずっとお主の気の流れを辿っておった。最初は見えんかったが、わらわをくすぐり責めにする事に
興奮したのじゃな。全身の気がココに集中しておったぞ?」
 玉藻が少し強めにつまむと、つくしはビクンと身体をのけ反らせた。両手で玉藻の右腕をつかみ、何とか
やめさせようとしているらしいが、その手に力はない。
「ひゃめてくらさいぃ……! きもちよくて……! きもちよくてしんじゃうぅううううッ!!!!」
「ダメじゃ。お主が身も心も屈伏するまで、泣いても漏らしても許してやらぬ」
 玉藻は意地悪く笑うと、先ほどつくしが言った言葉をそのまま返した。
「ああ……ッ! あぅ……!! あはぁあああああっ!!!!!」
 予想外の成り行きに静まり返った大会会場に、つくしの嬌声だけが響きわたる。大の大人には生唾モノの、
子供たちには刺激が強すぎる見世物だった。
 無色透明だったつくしの身体が、少しずつ桜色に染まって行く。どうやらつくしは、感情の昂りと共に体の
色が変わるらしい。
「面白いのう、お主。まさに『身体は正直』じゃなぁ……くくく……」
 感情が昂れば昂るほど、すなわち感じれば感じるほど、つくしの身体は紅く変色して行くのだ。どんな風に
責めれば気持ちいいのかが一目瞭然で、これでは強がって感じてないフリも出来ない。
「ふわぁあああッ! も、もうダメ……! とんじゃう……!! とんじゃうぅううううううッッ!!」

 玉藻がつくしを許して解放したのは、彼女が4回目の絶頂を迎えた後であった――

「いや~さすがは玉藻様! 一時はどうなる事かと思いましたが、終わってみれば貫禄勝ちでしたね~。優勝
商品のぶどう酒一年分は、明日村の男衆に御殿まで運ばせますんで」
「そうかえ。手間を取らせてすまんのう」
「ところで、アレはどうしますか?」
「うむ、アレじゃな」
 アレというのは、玉藻にイカされまくって気を失ったつくしの事である。彼女は今、空の酒樽の中に入れ
られていた。
 つくしは玉藻の責めから解放された途端に溶けてしまったのだ。どうやら気絶すると身体の形状を保つ事が
出来ないらしい。放っておいたらどこかに流れて行ってしまいそうだったので、玉藻が空き樽を見つけて放り
込んだのだ。
「すまぬが、アレもぶどう酒と一緒に持ってきてくれんか。今後はわらわが面倒を見るでな」
「はあ……そりゃ構いませんけど……人を襲ったりしませんかね?」
「まあ、こっぴどく苛めておいたから当分は動けぬじゃろうが……女子供は近づかせぬ方が賢明じゃな」
「恐い事言わないで下さいや……」

 優勝賞品とつくしの後始末を手配して祭りの会場に戻ると、待っていたぼたんとあざみが深々と頭を下げた。
「すみませんでした……私たち、何も出来なくて……」
「何を言っておる。手出しは無用だと言ったじゃろうに」
 そうは言ったものの、かなり際どい勝負だったのは事実だ。見物人は玉藻が余裕を見せて試合を盛り上げた
と思っているようだが、つくしの核を見つける事が出来なかったら逆転は難しかったに違いない。少なくとも
酔いが抜けて術が使えるようになるまでは地獄のくすぐり責めが続いていただろう。
「私が……私がお祭りに行きたいなんて言ったばっかりに……ゴメンなさい……」
 ぼたんはすっかりショボくれてしまっている。祭りに誘ったのも、武術大会の話をしたのもぼたんだった。
挙句の果てには準決勝でつくしに敗れ、玉藻を危険に晒してしまった。
「祭りは楽しんでおる。武術大会も中々面白かった。わらわがお前たちを叱るとすればただ一つ。お前たちは
修行が足らぬ。今後は人前で恥をかかずとも済むよう、精進を怠るでないぞ」
「は、はい……!」
「それとのう、つくしを預かる事にした。今後はアレに稽古をつけてもらうが良い」
「はい……えええええ!?」
 ぼたんが素っ頓狂な声を上げて驚いた。無理もない。ついさっき酸欠で失神するほどくすぐられたばかり
なのだ。
「ふふふ。お前たちには核の位置は教えぬからな。だらけた稽古をしておるとどうなるか……分かっておる
じゃろうな?」
 楽しげに笑う玉藻。溜息をつくぼたん。何故かわくわくしている様子のあざみ。
 いつも通りの三人であった。

 川沿いの土手に三人仲良く座って、酒を回し飲みしながら花火を鑑賞した。
 初めて近くて花火を見たぼたんとあざみが、子供のように目をきらきらさせている。
 そんな二人の横顔を眺めているだけで、玉藻は満ち足りた気分になった。

 那須野は今年も平和であった。


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  • 面白かったです。新しい話も見たい -- 2021-04-09 (金) 03:59:16

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